マーケティングの手法のひとつで、ソーシャルメディア(SNS)から消費者の生の声を収集し、それを分析することで、新商品開発や広告宣伝、販売促進等のマーケティング活動に活かすソーシャルリスニングという方法があります。ここでは、この方法を観光地経営や観光マーケティング戦略に活かすことを、試みてみたいと思います。
テーマは、「日本の城」です。
以前(2019年3月)、某地上波全国ネットTV局制作の番組で「日本の城」をテーマに視聴者からの投票を元にした人気ランキングが公表されました。それぞれ3位までの順位を投票し、1位に5ポイント、2位に3ポイント、3位に1ポイントをつけてその合計点を集計したのが、以下のランキングです。
順位 | 特点 | 城 |
---|---|---|
1位 | 16771pnt | 姫路城 |
2位 | 7613pnt | 大阪城 |
3位 | 5395pnt | 松本城 |
4位 | 5303pnt | 熊本城 | 5位 | 5049pnt | 首里城 | 6位 | 4390pnt | 名古屋城 | 7位 | 3543pnt | 竹田城 | 8位 | 3296pnt | 五稜郭 | 9位 | 2909pnt | 二条城 | 10位 | 2742pnt | 弘前城 |
ユネスコ世界遺産の姫路城を筆頭に全国の有名城が並んでいます。異論はあろうかと思われますが、全国的な知名度やブランド力などを加味すると、概ね納得できる「お城ランキング」のように感じられます。
国内では空前の城ブーム、「城ガール」なる言葉も生まれ、城SNSや城アプリまで 出現していると言われます。ここでは、観光資源として日本のお城がどのように受け止められているのか、地域以外の来訪客とりわけ外国人の目にどのように映っているのかSNSのデータから推察してゆこうと思います。
日本の観光スポットに対して、トリップアドバイザーに書き込まれたレビューの中から 外国人によるものを抜き出してランキングを作ると、1位の伏見稲荷以下、寺社や城、城郭等の日本の歴史を代表する文化財などが上位を占めます。
近年、外国人から日本のお城がどのように評価されているか、代表的な文化観光コンテンツである寺と比較して見てゆきましょう。
図1は、城(castle)と寺(temple)に関して近年のレビュー数の推移を折れ線グラフにまとめたものです。 日本人を含むレビュー総数中の外国人レビューの比率を「城 vs 寺」経時的に示しています。
近年のインバウンド観光の一般的傾向として、以前であれば超有名スポットのみに集中していたものが、最近はリピーターの比率が増加するに伴って、地方圏のマイナーなスポット、マニア好みの穴場スポットを周遊する外客が増えているということが言えます。
グラフは「寺(temple)」が下降傾向で推移しています。 以前は、日本のイメージと言えば古寺名刹と考えていた外国人の方々も最近ではお寺以外の日本の魅力を探して、多様な観光スポットに足を伸ばすようになった結果、レビュー対象としての「寺」人気が相対的に地盤沈下している実態を反映しているものと考えることが出来ると思います。
一方、それに対して「城」は、未だ一定の人気を維持し続ける強力ジャンルのようです。 ひとつには、地方の知られざる山城や石垣、城跡などの観光資源が地方圏に豊富に存在していることに加えて、そうした観光スポットは、日本史に全く興味がない外国人でも取り敢えずは景色を楽しめるという、ビジュアル的な強みが、他の観光スポットと比較して優位な点だと思われます。 つまり、城ツアーは、地域が文化観光や歴史ツーリズムを仕掛けようとした時には、入門編的な入口コンテンツとして有望株と位置づけることが出来るかもしれません。
姫路観光の課題をズバリ結論から申し上げますと、これは姫路市自身が地域課題として古くから十分に認識していることでもあるのですが、城一極集中型、城依存型の観光地に未だ留まっている点に尽きます。
市作成の「姫路市観光戦略プラン2017」を参照しますと、すでにその課題の克服のために「姫路城プラスワン」戦略として、姫路城観光と食や体験などの多用な要素との組み合わせや周辺エリアへの波及を目指した取り組みがなされているようです。 (http://www.city.himeji.lg.jp/s60/2212116/_18180/_10313.html)
SNSデータから姫路の城一極集中型観光の様子を見てみましょう。図2の円グラフは、旅行クチコミサイト「トリップアドバイザー」に書き込まれた姫路市内の観光スポットに対するレビューを、比較として大阪市の観光スポットと比較して示したものです。
旅行クチコミサイトのレビューを見れば、当地を訪れた観光客にとって、とりわけどの観光スポットが印象的であったのか、ということを確認することができます。
レビューは日本人によるものと外国人によるものとに分け、更にお城とその周辺スポットに関わるものを抽出し、その比率が分かるように示しました。
これは世界中、どの観光地にも共通して言えることなのですが、外国人を含む遠方客というのは、その街に不慣れですから、近郊からの観光客に比べて、その行動範囲は極度に制限される傾向にあります。特定の有名スポットとその周辺の特定飲食店しか立ち寄らない観光客がほとんどなのです。
姫路城と大阪城、ともに地域における有数の観光スポットですから、とりわけ外国人の足跡は、そこに集中するわけです。
とくに姫路の場合は、外国人から見た観光資源の印象は、姫路城がその8割以上を占める、まさに城一極集中型の状況をこのグラフから確認することが出来ます。勿論、姫路にはお城以外にも多くの観光資源が存在します。実際に、日本人の観光客の半数はお城以外のスポットに対するレビューを投稿しています。
姫路を訪れた外国人はお城以外のスポットにほとんど興味が無かったのか、あまり印象に残らなかったのか、いずれにしてもお城以外の姫路の魅力がほとんど伝わっていないとすると、これは残念なことです。
姫路観光を別なデータから見てみましょう。
図3は、写真共有サイトFlickrに投稿された姫路城の撮影スポットの分布を地図に表したものです。 参考に同縮尺で大阪城の地図を横に並べて比較しています。
撮影地点分布の集中(分散)の様子は、両者ともあまり変わらないように見受けられます。 共通して城郭公園内の至近距離から天守を見上げるようにして撮影された写真が大半なのでしょう。
ただし、大阪の場合は都市空間の規模が大きいので、大阪城から離れたキタやミナミの繁華街、天王寺の展望台など市内各所のホテルやビル上層階のレストランから期せずして、大阪城の眺望を発見する観光客は珍しくありません。以前、業務地区のビル高層階の商談の席で、窓からの大阪城の遠景を記憶に留めているというビジネス・ビジターの話を聞いたことがあります。
Flickrで「大阪城」撮影写真を確認すると、梅田や天王寺といった業務地区、商業地区からの眺望写真を確認することが出来ました。
「大阪城」は大阪来訪者の体験や記憶の中で、ひとつの観光資源というより、大阪らしさを確認するランドマークとして、「大阪城」×「食」や「大阪城」×「ビジネス」のような形で、遍在している都市大阪のアイコンという位置づけとして捉えた方が適切なのかもしれません。 さて、話を姫路に戻します。
姫路城の撮影ポイントは、城郭周辺と、そこからJR姫路城までの大手前通りに集中しています。それは世界遺産姫路城を目的に来訪した観光客の足跡をそのまま反映しているものと見られます。
姫路駅前の観光案内所では外国人向けの多言語版観光パンフレットが配布されています。ページを開いて最初に目に飛び込んでくるのは、「Useful information (お役立ち情報)」の文字、そしてJR駅とお城とを寄り道せずに往復する「観光ループバス」の路線図と、その「1-Day Pass(一日乗車券)\300」なのです。そして、この観光バスの路線図は、さきの姫路城撮影スポットの分布とほぼ一致しています。
朝から夕方まで毎日15分から30分間隔で運行されていて便利ですし、経路も分かりやすいバスですから、観光客とりわけ外国人の方に、利用促進するのは間違いではないのですが、観光客の「姫路城体験」というカスタマージャーニー、特に外国人の回遊行動が空間的にかなり狭い範囲に限定されている現状を考えると、市内各所への送客や体験型コンテンツへの誘導を意図した工夫をもう少し打ち出しても良いような気がしました。
過去に姫路を舞台にした面白い研究報告を読んだことがあります。 織野祥徳らによる2008「空間情報技術による姫路城の景観分析」です。 https://www.jsce.or.jp/library/open/proc/maglist2/00897/2008/pdf/B21D.pdf
地理情報システム(GIS)を用いた彼らの研究によると姫路城の可視範囲(姫路城を望むことが可能な空間的な範囲)は、近代以降の都市化の進展による高層ビルの林立によって狭められているとはいえ、依然として山岳地帯を含むかなり広域に渡って及んでいるということが確認されました。また姫路城景観を楽しむことができる潜在的で未開発な観光スポットが、姫路競馬場北側、八丈岩山および高木公園等、数多く存在するということも指摘しています。
実際に、大天守最上階に登ることで、姫路城の可視範囲を確認することができます。北方面は広峰山から増位山への稜線を、南方面は市街地の彼方に瀬戸内海に浮かぶ屋島諸島までを見渡すことが出来ます。姫路城(からのorへの)可視範囲が、実に広大な領域に及ぶことが分かるのです。 近代以前の人々にとっての姫路城は、現代人とはまた異なった空間的なスケールで「体験」されていたのではないか、と想像されます。
今後、「姫路城プラスワン」戦略の中で、食やクラフト、文化体験等観光コンテンツの充実が図られることと思われますが、中世・近世時代の人々の視点から見た姫路城というように、ビジターをタイムトリップへ誘うような趣向も交えて、周辺展望スポットへの送客プログラムと観光動線の開発というような取り組みが期待されるところです。
日本三名城(三大名城)にリストアップされる城には、諸説ありますが、おおよそ先の姫路城、大阪城に加えて、熊本城と名古屋城を加えた4つの城の中から挙げられることが多いようです。 それぞれが地域を代表する有力な観光スポットであることは間違いないですが、以下では、観光資源としてのそれら地域における位置づけや観光客から見た魅力について、比較を試みてみます。
図5は、写真共有サイトFlickrに投稿された「三名城」を含むお城の写真について、横軸に撮影者の外国人比率、縦軸に撮影地点から天守閣までの平均距離、撮影写真数をプロットの半径で表したバブルチャートです。
分析対象とした写真は、城が中心的なテーマとなっているものに絞り込みたかったため、タイトルやタグ、説明文等のテキストに「城」や「castle」を含む写真のみを抽出しました。(ただし、この方法では、写真のバックに、たまたま城が写り込んでいても、城に対して言及がない写真は除外されることになります。)
この「ポジショニングマップ」から、それぞれの地域の観光マーケティングの中での「城コンテンツが占める立ち位置を想像することが出来るようです。 最も撮影距離(お城から撮影地点までの距離の平均)が大きい大阪城は、市内各所の遠景から眺望される機会が多いものと思われます。先に触れたとおり観光名所と言うよりも都市大阪を象徴するアイコンとして広く認知されているのではないかと推察されます。
最も外国人比率が高い二条城は、城単体というよりも京都の歴史的な文化財としての一群の諸コンテンツの一つとして受け止められているものと思われます。
名古屋城は、外国人による撮影比率が高いところから見ても、国際的に一定の評価(知名度)が得られているものと考えられます。ただし他の有名城と比較して撮影距離が短いのは、地域を代表するランドマークとしての位置づけに、今ひとつの弱さがあるのと言うことが出来るかもしれません。
調べてみるとやはり、名古屋市自身もそのような問題意識を自覚していたようでした。昨年から、名古屋城から1キロメートル以内の建物について高さ制限を設ける景観計画をスタートしているとのことでした。そうした施策は、名古屋城のランドマークとしての価値や総合的な景観を向上させ、名古屋の観光振興や都市ブランディングに大きく寄与する事は間違いありません。期待に胸膨らむのですが、現状では景観規制に強制力はなく、地権者の反対も小さくないと伝え聞きます。地方の観光地ならともかく、経済活動の盛んな大都市で、観光都市計画を進めてゆくのは簡単なことではないという事なのでしょう。
「最も外国人比率が高い二条城」と書きました。二条城を訪れた外国人の観光行動をもう少し詳しく見てみましょう。
図6は、一日の中で「二条城」がツイートされた時刻を他のお城と比較して示したものです。黄色の太い線で示したものが二条城です。
データの出典は、昨年一年間の時刻別twitter投稿数です。「castle」という語が含まれる位置情報付きのツイートを抽出し、AI(機械学習)手法で各地の城と対応させた上で、時間帯別ツイート件数の構成比率を算出しました。ツイート件数が多かった上位の6城(首里城、姫路城、大阪城、名古屋城、松本城)で比較しています。
端的な二条城の特徴は、夜間の書き込みが多いことです。通常、観光スポットに対するツイートは祭日や季節のイベントを除けば、観光行動に比例し昼間に集中します。他の城では午後4時以降見学者の減少とともにツイート数は下降していますが。二条城の場合は一旦夕食どきに落ち込んだ後の午後8時から10時にピークが見られます。
実は二条城では、春の桜まつりのライトアップに始まり、夏には二の丸庭園の七夕点灯、秋の二条城まつりでは紅葉ライトアップ、と一年を通じて開城時間を夜10時まで拡大する期間を増やす努力をしています。京都市街に滞在する観光客のナイトタイムの徒歩回遊体験に対応したコンテンツの開発に対して、かなり古くから工夫が積み重ねられてきていたようです。
観光客の消費単価は「ナイトタイム」の観光需要に比例すると言います。夜間の観光感動体験で、観光地にプラスアルファの付加価値をつけること。それが街のバリューアップとブランディングに繋がり、そして成功している好事例と言うことができるでしょう。
聞くところに依ると、公式サイトや旅行クチコミサイトへの観光客の書き込みやSNS上の評判(満足度)に注意を払っている観光地は少なくないようなのですが、他の観光地と比べたうえで、自身がどのような評価を受けているかと、ナイトタイム観光の満足度は高いのか低いのか、こうしたデータを虚心坦懐に顧みることには大きな意義があるように思われます。
最後の事例は弘前城です。某テレビ局ランキングでは10位に入っている有名城です。図7は春の桜まつりの写真です。実にスケール感のある情景ではないですか。弘前城は岩木川を自然の壕として、築かれた城です。この季節には実に雄大な城郭公園の情景を楽しむことができるのです。
弘前城の雄大なスケール感を図8のポジショニングマップで確認してみましょう。外国人による撮影写真が他と比べて相対的に少ないことから、国外からの知名度が、まだまだ低いということが読み取れます。ただし、撮影地点からお城までの距離は、これまでの有名城の中でも群を抜いています。
その理由は、2つの点から推察されます。 一つには、先にお話した城郭公園(弘前公園)内に見どころ(撮影地点)が豊富に存在することです。グーグル画像検索で「弘前公園」を調べると、さくらまつりの画像を中心に庭園内の四季折々、素晴らしい景観の数々を楽しむことができます。(図7のような素敵な夜景写真も・・・)
ふたつめには、弘前の景観を代表する岩木山の眺望の存在があります。 岩木山は弘前市のみならず、津軽平野全域から眺望することが可能な、青森県内随一の名山で、津軽富士と呼称されます。
弘前の景観をテーマに行った弘前市民アンケートによれば、市民が「最も魅力を感じる景観」の対象として選ばれたのは、岩木山にようです。(ちなみに「弘前城、弘前公園」は第2位。) http://www.city.hirosaki.aomori.jp/jouhou/keikaku/keikan/2015-0105-1835-46.html
実際に弘前城天守を撮影した写真を確認したところ、背景に岩木山が写り込んでいるものがかなりの比率を占めていることが分かりました。市民にとっては、むしろ岩木山の方が景観対象の主役であって、お山を眺望する場として、弘前城天守が人気のスポットであることも窺えます。
姫路城では失われてしまった近代以前の空間的スケールが、ここ弘前では、そのままの姿で体感することが出来るということのようです。
今回利用したデータの一部「SNSに見る城ツーリズムマップ」として公開しています。宜しければご意見コメントをお寄せください。
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